大判例

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東京地方裁判所 平成6年(ワ)17102号 判決

原告

小松川信用金庫

右代表者代表理事

横塚彰彦

右訴訟代理人弁護士

植草宏一

大野裕紀

被告

森谷昭一

主文

一  被告は原告に対し、金三〇〇万円及びこれに対する平成六年九月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決の第一項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  原告の請求

被告は原告に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する平成六年九月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  請求の原因

1  被告は、平成六年八月二四日ころ、別紙「危険な小松川信用金庫!!」と題する文書(以下「本件文書」という。)を江戸川区篠崎町周辺の原告の取引先、同業信用金庫等多数の者に配付した。

2  本件文書には、原告の役職員らが不正行為を繰り返している旨の事実が列挙されているが、これらの記載事実は、すべて事実無根であり、本件文書は、虚偽の内容を記載したものである。

3  本件文書が多数配付されたことにより、社会的に特に信用を求められる金融機関としての原告の社会的評価が著しく損われた。

4  本件文書が配付された経緯は、次のとおりである。

(一) 被告は、平成五年一二月一六日差し出しの簡易書留郵便により、原告に対し、三万戸を対象に本件文書をチラシとして配付することを予定している旨及び顧問弁護士との話合いは断る旨の通知をしてきた。

(二) 原告は、顧問弁護士らを代理人として、平成五年一二月二七日付け内容証明郵便による回答書をもって、本件文書に記載されている事柄がいずれも事実無根であること及び本件文書を第三者に配付する行為は原告に対する信用棄損及び業務妨害に当たる旨指摘した。しかし、被告は、右回答の受領を拒否した。そこで、原告自身が、平成六年一月一三日付け内容証明郵便をもって、右回答書と同趣旨の書面を送付したところ、被告は、これを受領した。右のやり取りにより、被告は、弁護士との交渉や話合いは断るとの趣旨で、先に差し出した回答書の受領を拒否したことが明らかになった。

(三) 次いで、被告は、平成六年一月一七日差し出しの簡易書留郵便をもって原告が和解的話合いをしない場合は、断固本件文書の配付闘争に切り替える旨通告してきたため、原告は、同月二八日付け内容証明郵便をもって、本件文書配付行為が原告の業務妨害を招来することを指摘した。

これに対して、被告は、同月三一日差し出しの簡易書留郵便をもって、被告が以前埼玉銀行に関するチラシを配付したところ、複数の預金引き出しが起こった旨述べた上、原告についても、チラシの配付を実行するつもりである旨重ねて表明した。

(四) そこで、原告は、平成六年二月八日、東京地方裁判所に対し、被告を相手方として、本件文書の配付禁止、執行官保管の仮処分を申請し、同年三月二三日、その旨の仮処分決定を得た。

右仮処分中の執行官保管を命ずる部分は、同年四月六日、東京地方裁判所執行官によって執行されたが、被告は、執行現場において、仮処分の執行の目的である文書三万二〇〇〇枚を同年三月一七日に一枚二二円で第三者に売却した旨述べ、右文書を発見することができなかったため、右執行官保管命令は執行不能となった。

(五) 被告は、その後も、本件文書と同趣旨の文書を作成し、原告に知れただけでも、平成六年八月から平成七年三月まで、多数回にわたり、原告支店所在地付近の住宅、同業金融機関等の第三者に配付している。

(六) そこで、原告は、平成七年三月、改めて東京地方裁判所に対し、右各文書の配付禁止、執行官保管の仮処分を申請し、同月一六日、その旨の仮処分決定を得た。しかし、右仮処分中の執行官保管を命ずる部分については、執行現場において右文書を発見することができず、執行不能となった。

5  以上のとおり、本件文書及びこれに続く同趣旨の文書の配付は、裁判所の仮処分決定にも違反する極めて悪質な行為である。本件文書の配付によって損われた原告の社会的評価を回復すべき慰謝料の額としては、原告の社会的地位及び不法行為の態様、程度並びに不法行為がなされるに至った経緯にかんがみると、一〇〇〇万円をもって相当と考えられる。

6  よって、原告は被告に対し、不法行為に基づく損害の賠償として、一〇〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成六年九月七日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告の主張

1  被告が本件文書配付行為をするまでの経緯は、次のとおりである。

(一) 平成五年一〇月二四日に被告の「不正を追放する会」に原告の元職員から相談の電話があったが、その内容は、驚くべき例をみない事件の訴えであった。被告は、この訴えを、日を追って深く聞いて、その真実を取り上げて文書を作成した。配付は、善良なる預金者を守るためである。これが不正を追放する会の使命である。

(二) この元職員の訴える一例で、多額の貸付金を、こともあろうに、オンラインの不正操作を消滅するよう幹部が命じ、再三の命令に、時には拒否すると、悪いことのできない奴は、頭を使わない給料泥棒だと暴言を浴びせられる日々数々である。その上、いやがらせや、質の悪いいじめの明け暮れで、この元職員は、ついに「うつ病」が発病した。

(三) この悲劇を元職員は、善良なる客に対して申し訳なくの良心で、真実の文書を自作して、限られた客や知人に郵送したところ、原告は刑事告訴した。

(四) 検事の取調べの結果、不起訴処分となる、その理由は原告が不正であることが明白になったためである。

(五) これを原告は不服として、元職員に対し、根も葉もない、訳の分からない民事訴訟を東京地方裁判所に提起した。一七〇〇万円の取立ての訴訟で、現在も係争中である。

2  本件文書の配付は、原告の幹部の不正行為が日常茶飯事に行われ、その真実を善良なる預金者に報じ知らしめるためのものであり、言論出版の自由である。

3  原告は、元職員に対する激しいいじめや、いやがらせという人権無視をしたことに謝罪を求める「不正を追放する会」の再三の申入れを拒否し、憲法二一条に反する仮処分を一方的になしたものである。

4  原告の仮処分の申請は、次に述べるとおり、不当な申請である。

(一) 原告の申請により、訳の分からない審理ないし審議をし、被告は債務者として、直ちに証拠提出したが、取り上げたのか取り上げないのか、訳の分からない進行であった。

(二) 被告は、平成六年三月一六日、第二回の出頭日に出頭したが、驚いたことに、裁判官は被告に対し、きょうは森谷さん結構です、帰ってくださいの一言であった。その後、原告側の羽下氏と弁護士と裁判官の三名で審議室に消えて、被告は、これは不当な決定が仕組まれると不信感で、翌三月一七日に、仮処分の目的物である印刷物を第三者に売却の手続をなした。一枚二二円で、三万二〇〇〇枚を不当な決定から守るための処方である。

(三) 予想は的中した。平成六年三月三一日に、仮処分決定の文書が、何と三月二三日決定で、仕組まれた不当決定である。八日間も遅らせて、保全裁判所に異議申立てを時間的に奪い、その上、憲法に反する決定を下した。この裁判官こそ罷免に値する重大な不法行為である。

(四) 平成六年四月六日、被告宅に執行官が現れ、売却の手続が終了したことを認めて、この件は終結しているのである。

(五) 以上のとおり、本件文書の配付は、何ら法に反しない。かえって、憲法に反する決定こそ民主主義の破壊であり、司法府を軽視するものであり、原告に対し、深い反省を求める。公正中立な判決を求める。

三  争点

1  本件文書の配付及びその後平成七年三月までのこれと同趣旨の文書の配付が不法行為を構成するか。

2  原告に生じた損害の額

第三  争点に対する判断

一  本件文書の配付及びその後平成七年三月までのこれと同趣旨の文書の配付が不法行為を構成するか。

1  甲第一号証の四によれば、本件文書には、原告の役員その他の幹部職員はずさん経理と不正行為、不法行為を繰り返していること、原告の幹部は悪知恵を振り絞り、原告である信用金庫を喰い物にし、客の金を湯水の如く荒く使う寄生虫幹部であること、信用金庫である原告に預金をするのは気を付けなければならないこと等が記載されていることが認められる。

そして、甲第一号証の一ないし四、第二号証、第三号証の一ないし三、第四号証の一、二、第五号証の一ないし三、第六号証の一、二、第七、第八号証、第九号証の一ないし一〇、第一〇号証の一、二、第一一ないし第一四号証及び証人羽下博の証言によれば、被告は、本件文書及びこれと同趣旨の文書を平成六年八月二四日ころから平成七年三月まで、江戸川区篠崎町周辺の原告の取引先、同業信用金庫等多数の者に配付したこと並びに被告が本件文書及びこれと同趣旨の文書を配付した経緯は請求原因4記載のとおりであることが認められる。

右認定事実によれば、被告が平成六年八月二四日ころ本件文書を原告の取引先等多数の者に配付したこと及びその後平成七年三月までの間にこれと同趣旨の文書を右多数の者に配付したことにより、原告は、信用金庫としての社会的評価を傷つけられたものと認められる。

2  被告が右のような原告の社会的評価を傷つける文書を配付した場合においても、そのような文書を配付することについて違法性又は責任を阻却する事由があるときは、不法行為は成立しないのであり、その要件としては、その文書の内容が公共の利害に関するものであり、被告が専ら公益を図る目的でこれを作成、配付したこと、及びその内容が真実であり、又は被告がその内容を真実と信ずるについて相当な理由のあることが充足されることが必要である。

しかし、そもそも右文書は、原告の役員その他の幹部職員について、悪知恵を振り絞り、原告である信用金庫を喰い物にし、客の金を湯水の如く荒く使う、寄生虫幹部である等の抽象的で侮辱的な表現を用いて記述したものであり、その表現自体からして、公共の利害に関する記述とは認めがたく、また、専ら公益を図る目的で作成、配付したものとも認めがたい。加えて、被告の提出する書証は、被告作成のチラシや原告と元原告従業員の間の訴訟の訴状、答弁書の写し、被告が作成した原告の顧問弁護士に対する懲戒申立書の写し等であり、右文書に記載した内容の主要な部分が真実であることを裏付ける性質のものではなく、また、被告の申請により採用した被告本人尋問においても、右文書に記載した内容が調査の結果事実であったとの被告の認識を強弁するのみであり、右文書に記載した内容の主要な部分が真実であることを裏付けるに足りる具体的な供述はない。

3  本件において、特に重要なのは、当裁判所が平成六年三月二三日、本件文書の配付禁止、執行官保管の仮処分命令を発し、これを被告に送達しているのに、被告は、右執行官保管の処分を免れるために、本件文書を第三者に売却した形を作り(財産的価値の乏しいそのような文書を真に七〇万円余りもの代金で買い受ける者がいるとは考えがたい。現に、右文書の買受人と称する者は、右買受けの目的を問いただすことを目的とした証人尋問の呼出状の送達の受領を回避している。)、その後、右禁止命令に違反して、同趣旨の文書を複数回配付し、また、平成七年三月一六日にも同趣旨の仮処分命令が発せられたのに、この命令に従おうという意向を有していない点である。

裁判所の命ずるところに従って不法行為を差し控えようという意思が認められない被告に対しては、原告の請求により損害賠償を認容し、これによって不法行為の再発を防ぐほかない。

二  原告に生じた損害の額

右一に認定した被告の不法行為の内容及びこれによって原告に生じた社会的評価の低下の程度を考えると、被告が本件文書を配付し、かつ、平成七年三月までの間にこれと同趣旨の文書を配付したことにより、被告が原告に対して支払うべき慰謝料の額は、三〇〇万円をもって相当と認める。

三  結論

以上のとおり、原告の請求は、被告に対し三〇〇万円の損害賠償を求める限度において理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却し、原告の勝訴の程度、被告の不法行為の内容、攻撃防御の態様等にかんがみ、訴訟費用は被告の負担とし、申立てにより原告勝訴の部分に仮執行の宣言を付することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官園尾隆司 裁判官森髙重久 裁判官古河謙一)

別紙〈省略〉

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